銀のナイフと薬を手にして
「え、もしかしてお通夜ですか?」
隣の席の山本君が真顔で訊いた。見開いた目に、内心どきっとしつつも
「違う、違う。なんで」
と言いかけて、たまたま自分が黒いレースの半袖ブラウスを着ていたことに気付いた。それにコンサバなタイトスカート。たしかに冠婚葬祭っぽいかもと思い、ロッカーに常備しているアクセサリーでもじゃらっとつけようと考えていたら
「じゃあ、あ、合コンですか!」
と言われたので
「わたしの定時上がりのイメージって、合コンよりも先にお通夜なの?」
訊き返すと、近くの席の同僚が笑った。

おつかれさまでした、と挨拶してジャケットを羽織り、足早に退出する。腕時計を見ると、映画の上映までは三十分を切っていた。
映画館のロビーに到着すると、仕事帰りの大人たちでにぎわっていた。やわらかな絨毯の感触をヒール越しに受ける。チケットカウンターの電光掲示板には上映時間が映し出されていた。ポップコーンの匂いを嗅ぐのもひさしぶりだ。
中岡さんは隅のカフェスペースでビールを飲んでいた。
お待たせ、と駆けつけると、はい、とすかさず差し出されたチケットはネット予約したやつだった。
「中岡さんって」
とチケットを見ながら、思わず呟く。

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