すれ違いお見合い結婚~相手は私を嫌ってるはずの幼馴染みでした~
「見物だったぞ?あの永瀬とか言う警察の取り乱した顔。強盗の現場でも冷静で表情一つ変えてなかったのになぁ?」

よっぽどお前が大事だったのかね?と嘲笑うように言われ、藍里は埃が舞わないように注意しながら小さく首を振った。
男の言葉に一言だけ言えるとしたら、有り得ない。だった。

昔から冷たい物言いをされていた。
いつも明るくて皆に好かれる笑顔も態度も、自分にだけは全く向けられなかった。
結婚しても笑顔を向けられもしないし、雑談すらしたことがない。
そんな自分が……。

「大事なわけ……ない……」

「あ?」

「私……嫌われて、るから……」

大事なわけがない。とそこまで言えずに少量の埃を吸ってしまい軽く咳き込んだ。
男は笑みを消し、冷たい眼差しで見下ろしながら舌打ちをした。

「仮にそうだとしても、強盗犯を捕まえたお手柄警察官が自分の嫁を見捨てたとなったら名声もガタ落ちだな。
俺はそれでもいいぜ?あいつの栄誉が地に落ち、連日ニュースで報道されるんだ。愉快に違いねぇ」

言いながら下衆な笑みを浮かべる男を見ていられなくて藍里は目を反らした。
男は大きな声で笑い出し、やがて止めると、あぁ……。と呟いた。

「そん時はあんたには自由が戻ってこないとでも思っておくんだな。いいか、あんたはあいつを誘き寄せる餌だ。
あいつが俺に喧嘩売ったこと……心底後悔するまで逃がさねえからな」

再び笑いながらドアを閉め、ガチャッと施錠して去っていく男の気配がなくなるのを感じてから藍里は眠る時のように体を小さく丸めた。

寒さと恐怖で震える体を自分で抱きしめることも出来ない。
縄が擦れて痛む手首と、埃のせいで出る咳。
不安と絶望しかないこの部屋で、藍里は眠れない夜を過ごした。
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