すれ違いお見合い結婚~相手は私を嫌ってるはずの幼馴染みでした~
「ほら、食事だ。さっさと食え」

一日二回、男がこの部屋に現れるのはコンビニなどで買ったらしいパンと飲み物という最低限の食事を持ってくる時だけだった。
後ろ手に縛られていた手も、藍里が暴れないことと食事をしにくいことから前の方で縛り直されている。

食欲はないのでペットボトルの水に手を伸ばし、男が開けたのだろう被せていただけのキャップを外して一口ずつゆっくり飲んでいるとドアの近くの壁に背を預けて腕組みしてる男が眉を潜めていた。

「上手いこと警察撒いた自覚はあるが、全く俺達を見つける気配がないな……。お前、本当に永瀬の妻か?」

男の質問に微かに頷き少し咳き込む。

吸入薬を入れたバッグは男に車に無理矢理乗せられた時に落としてしまい手元にはない。
大きな発作を起こさないよう、出来るだけ埃を吸わないように手で口を覆って蹲った。

「ま、そのうち見つけに来るだろ。その時までお前は利用価値があるからな、ちゃんと食っとけよ」

荒々しくドアを閉めて出ていったその瞬間に大量の埃が舞ったので藍里は顔を懸命に隠した。

ーー……嫌われてるのに、探してるわけない……。

埃が落ち着いた頃、少しだけ顔を上げて唇を噛んだ。
部屋に窓から差し込む日差しはなく、藍里の心と同じく空も泣き出しそうなほど暗く曇っていた。
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