すれ違いお見合い結婚~相手は私を嫌ってるはずの幼馴染みでした~
「人の嫁に言い寄ってる男はお前か」

「ん?」

「と……智君……?」

人を視線だけでも殺してしまえそうなほど冷たい眼差しを吉嶺に向けていたのは、今まで一度も職場に来たことがない智大だった。

その威圧的な態度をものともせず、余裕の笑みを浮かべる吉嶺。
そしてカウンターを挟んだ向こう側で、藍里はただただ目を丸くしていた。

「既婚者だと知ってて露骨な態度で声をかけるのは、モラル的にどうなんだ?」

「素直に自分の想いを態度と言葉で伝えているだけです。
それに、出会った時には藍里さんが既に既婚者だった。ただそれだけの事で、この想いを諦めるのは違うと思います」

「それだけの事?」

「俺と藍里さんが出会ったのが結婚するより前か後か、それだけの事でしょう?俺は藍里さんに運命を感じて、俺の手で幸せにしたいと思っています。
俺にも、藍里さんを手に入れるチャンスがあってもいいはずです」

腕を組んで話を聞いていた智大の人差し指が、苛立たしげに自分の腕をトントンと叩いている。
吉嶺が言葉を発する事に智大の怒りのボルテージが上がっていっている気がして、藍里は青褪めながらその場でオロオロするしかなかった。

「何度か人の女に手を出して揉めている、盲目的で面倒臭い奴……入江の言った通りだな」

「入江の知り合い……もしかして同業ですか」

智大が同じ警察組織の者だと分かったからか、吉嶺は気持ち姿勢を正した。
だからといって藍里から手を引くと言うことはなく、それからも吉嶺の意味の分からない熱弁は繰り広げられたが、その言葉を聞き取るのを無意識に拒否した藍里の耳は、何一つ覚えていなかった。
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