すれ違いお見合い結婚~相手は私を嫌ってるはずの幼馴染みでした~
「何もしてない」

「え?」

ソファの上でくたりとうつ伏せになっている藍里の髪に触れながら絨毯の上に腰を下ろした智大は、そのまま髪を弄びながら藍里に視線を向けることなくそう言った。

「あの時の藍里にとって、俺の隣に立っているのも式を挙げるのも苦痛でしかなかったはずだからな……。誓いのキスも耐えられなかっただろうし、指輪の交換で藍里を俺に縛りつけるのも酷だと思ったんだ。
だから式も最低限の……牧師に愛を誓うか問われて返事をする、それだけの簡易的な物だった」

「そうだったの……?」

結婚指輪が手元にないのは、無意識のうちにどこかに仕舞っていたのだと思っていた。
けれど、そもそも用意していなくて誓いのキスすらしていなかったとは思わなくて、藍里は驚きと共に少しだけホッとした。

「良かった……」

安堵の息と共に出た言葉に、智大は悲しそうに微笑んだ。

藍里にとっては恐怖の対象である智大との式だったが、智大にとっては長年の片想い相手である藍里との念願とも言える式だったはず。
それをなんの演出もせず、最低限の誓いの言葉だけで済ませてしまうのは智大としても苦肉の策だったのかもしれないと思い、藍里は慌てて起き上がった。

「ち、違うの!」

「ん?」

「良かったって、そういう意味じゃなくて……その、上手く言えないんだけど……」

藍里が起き上がったために智大の手からはするりと弄んでいた髪が逃げていった。
手持ちぶさたとなった手を下ろした智大の瞳は未だに悲しそうで、藍里は胸の前で両手を組んで必死に智大に訴えた。
< 290 / 420 >

この作品をシェア

pagetop