すれ違いお見合い結婚~相手は私を嫌ってるはずの幼馴染みでした~
「……ただいま」

やや間があってから帰ってきた言葉に藍里は咄嗟に顔を上げるが、智大はもう背を向けていた。

たったこれだけの会話も藍里にとってはすごく勇気が必要だった。
そして、以前のように怒ることもなく返事をしてくれたことに驚くと同時に、嬉しく感じた。

「飯は?」

「あ、すぐ用意し……」

「違う。お前は食べたのか?」

首だけで振り返って聞いてきた智大に藍里は首を振った。

「えっと、まだ……」

そう言うと智大は突然不機嫌になったように眉を潜めた。
その態度の急変に驚いて目を見開き体を強張らせると、智大は溜め息をついた。

「それなら早く食べて寝ろ。前にも言ったが、わざわざ待たなくていい」

「あ……」

突然突き放されるような言い方をされて言葉が出なかった。
智大はそれ以上は何も言うことがないとでも言うようにリビングを出ていってしまった。

きっと浴室に向かったのだろうと思いながら、藍里はゆっくりと立ち上がった。

「……大丈夫、大丈夫……。分かってたから……大丈夫……」

怒られるのも、急に不機嫌になるのも、智大と出会ってからは毎回のことだったから分かっていた。
だから大丈夫、慣れているから大丈夫だと何度も小さく声に出して自分に言い聞かせた。

そうでもしないと一瞬でも感じた嬉しい気持ちからどん底にまで一気に突き落とされて立てなくなってしまう。
藍里は無意識に智大の食事の用意をして自分の分は手付かずの状態でラップをかけて冷蔵庫に入れる。

いつもの自然な流れで何も考えずに動くと、涙を堪えるために唇を噛み締めながらそのまま寝室に向かった。
< 66 / 420 >

この作品をシェア

pagetop