すれ違いお見合い結婚~相手は私を嫌ってるはずの幼馴染みでした~
「せめて夢でくらいは……怖がらないでくれ」

切望しているかのような物言いに藍里は言葉を無くす。
優しく頭を撫で続けた手の動きが止み、抱きしめていた腕の力が無くなる頃には智大は再び眠ってしまったようだった。

「っ……!」

暫く放心していた藍里はその事にやっと気付くと咄嗟にもがき、智大の腕の中からなんとか抜け出して離れると急いでキッチンに駆け込み智大から見えないよう影に隠れるように力なく座り込んだ。

「……何……今の……」

ドキドキと今までの男性に対する恐怖と違った動悸がするのを感じて藍里は両手を胸の上に置き、何とか鼓動を抑えようとした。

あんな智大は見たこともないし、あのような仕草も言葉も初めてだ。
体の震えはいつの間にか止まっていたし、乱れかけた呼吸も問題なくなっている。

ーー何だったの、あれは……。

何年かぶりに呼ばれた名前も、怖がらないでくれと言ったあの悲しそうな声も、藍里は信じられなくてゆるゆると首を横に振る。

どれくらいそうしていたのか近くでカタッと音がして反射的に顔を上げると、そこにはいつの間に起きたのか智大が驚いたように目を見開いて立っていた。

「発作か?」

「ち、違……大丈夫」

聞かれた言葉に慌てて返して急いで立ち上がると、智大は小さく息をついてそれから少し眉を潜めた。

「なら体調が悪いのか?」

「う、ううん……平気」

ちょっと、考え事……。と苦し紛れに言うと智大はさらに眉を潜めた。
どうやらさっきの事は全く覚えていなかったことに安堵して、藍里はそそくさとテーブルへ移動した。
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