予言書を手に入れた悪役令嬢は役を降りることにしました。
扉もない。窓の一つもない。
それでもよく見ると壁の一画には火の消えたランタンが埃を被ってぶら下がっており、天井には人一人が通れるだけのスペースに四角い切れ目がある。
おそらくは本来ならあれが入口であるのだろう。
ただし階段はなく、上からハシゴのようなものを下ろして出入りしていたものと思われた。

ミリアは意識して視線を上へ上へと移動させていた。

理由は簡単。

怖いから。


周囲を見回している間も、頭の隅には先ほどの声がこびりついている。
とはいえ周囲を見回してみても、狭い空間にミリア以外の人がいる気配はない。

(……空耳、だったのかしら?)

それにしてははっきりと聞こえたように思うが。

「そう、よね?何か別の、外の音を聞き違えたのよ」

きっとそう、そうだ。
混乱とショックで、頭は完全にパニック状態だった。
だから、何か別の音か何かを声と勘違いしたのだ。

ミリアはゴシゴシと少し乱暴に涙に濡れたまぶたを手で拭った。
泣き過ぎて赤く腫れ上がっているのだろうまぶたは熱を持ちヒリヒリと痛む。

「それにしてもここは?」

古い礼拝堂の床下に作られた小さな空間。
隠し部屋か、単なる物置か。
貴族の邸にこのような部屋の存在は多い。
たいていは最低一つ、二つは作られている。
多くは主の寝室や執務室に。
貴重品や他人に見られては困る書類の類の置き場として。

が、それにしてはこの空間はあまりにも簡素に見える。
そもそも礼拝堂の床下というのは何か大事なものを隠すには適していないだろう。

だとすれば物置の類か。

ミリアは一つ息を吐いてそっと視線を落とした。
そこにはミリアの仮説を証明するかのようにいくつもの布に隠された『何か』がある。
意図して隠されたというよりは、箱のようなものの上に無造作に何枚もの布を被せただけといった様子だが。

ミリアはちょうどその積み重なった布の上に落下していた。






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