予言書を手に入れた悪役令嬢は役を降りることにしました。
アルジェリカ・グリスフィード。

聞き覚えのあるその名を、ミリアは胸の中で繰り返した。

アルジェリカ・グリスフィード侯爵令嬢。
それは、ミリアの住むこのアクセリナ王国においてはとても、とても有名な一人の女性の名前。

それこそ老若男女、貴族も平民も関係なく。

小説にも、劇にも、歌劇にも、子供の御伽噺にも、吟遊詩人が謳う物語にも登場する。
20年前に実在していた、悪名高きーーー。

「稀代の悪女、アルジェリカ・グリスフィード?」

ついその女性の世間の呼称、それを口にしてから、ハッと両手で口を塞いだ。

「……え、と」

ここで謝るというのもよろしくない気がする。するけれど、本人を前にして『稀代の悪女』とはさすがに失礼というものだっただろう。 
たとえそれが万人が口にするものであったとしても。

ミリアは見下ろしてくる彼女の視線から目を逸らしてしばらくベッドのシーツの上を彷徨わせてから、そっと目を上げる。

すると意外にもまさにニヤリ、という形容詞の似合う笑みが見えた。

「ふ、ふふ、ふふふ」

ーーー怖い。
ミリアは内心ビビりながら、ベッドの掛布をそっと引き寄せて顔の半分を隠した。

(な、なんで笑ってるの~?)

もしや彼女にとって『稀代の悪女』はほめ言葉だったり?

そんな馬鹿な、と思いつつ、ミリアは顔をひきつらせてこっそりベッドの上を後退りした。







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