予言書を手に入れた悪役令嬢は役を降りることにしました。
「ルードリンデの予言書というものを知ってる?」

アージェの問いに、ミリアはこくんと頷いて見せた。

ルードリンデの予言書とは、御伽噺に語られる不思議な書物のこと。
ずっと昔、ルードリンデという歴史学者が所持していたとされる一冊の本で、その中には未来が予言されているという。

ルードリンデは学者としては大成しなかったが、ある時期から未来を予言する予言者として王に仕えるようになった。

長雨や河川の増水、蝗害や流行病、時には人の死をも予言したのだという。


けれどあくまでもルードリンデの予言者は御伽噺の中のもの。
ルードリンデという人間自体が実際に存在したのかすらも定かではない。

「この本はルードリンデの予言書と同じか、それに類するもの。私はそう判断したわ」

最初は悪戯かと思った。
けれど物語の始まりが現実として訪れた時に、アージェは悪戯ではありえないと断じた。

「だって本に書かれた通りの未来が目の前にあったんだもの。人の姿をしてね」

薔薇の乙女ーーリーザロッテ。

「すぐにわかったわ。この女が物語のヒロインだって。本に書かれていた通りの姿で、書かれていた通りの出会いをして、そうしてあっという間に王子の心の中に入ってしまった」

アージェはどこか遠くを見つめるように目を細めて顎を上げた。

「あとはあなたも知る悪女アルジェリカの物語とだいたい同じだと思う。稀代の悪女、でしょ?私は王子をとられたくなくて、あの女に負けたくなくて、こんな本の予言になんて振り回されたくなくて……結局散々予言を意識しまくった結果敢えて予言に書かれた悪役令嬢アルジェリカ・グリスフィードを演じていたんだと思う。むしろより悪女をね?ワインを頭からぶっかけもしたし、取り巻きをけしかけて虐めさせもした。一晩薄汚い物置部屋に閉じこめもしたり媚薬入りのお茶を飲ませて好色なエロ貴族のジジイをあてがったりもした。……最低でしょ?でも彼女が傷物になるより前に王子が助けに入って、結局その後は二人が甘い一夜を過ごすことになったけど」
 
キュッ、とアージェは唇を噛んだ。

「とにかく必死だった。負けたくなかったの。予言にもあの女にも。だから貶められて『病死』させられたくないのなら、本当はさっさと予言に逆らうべきだったのにそうしなかった。王子のことなんて対して好きじゃなかったんだから、さっさと諦めて身を引いておけば、未来は違っていたはずなのよ。予言は完璧に決定した未来ではなく、その時点で一番そうなる確率が高い未来。私はそのことに気づいていたんだから。ーーでも結局私に変えられた未来は二つだけ」

負けたくないと意固地になって、予言よりも、物語よりも、自分は上手くやれる。貶められるよりも先に彼女を排除してみせる。
私は予言書にもヒロインにも負けない。
そう思って、結果的には惨敗したのだと、アージェはミリアに苦笑してみせた。


 




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