予言書を手に入れた悪役令嬢は役を降りることにしました。
ロアンとの婚約が正式に決まったその日の午後。
珍しく家族が揃っての朝食の席でそのことを知らされたミリアは、喜び勇んでせいいっぱいのおしゃれをした上で母と共に王都のベトローニャ伯爵家のタウンハウスへと挨拶に訪れた。
『二人でお話でもしてらっしゃい』
ドキドキし過ぎて母の後ろに隠れてばかりのミリアをそう言ってロアンと二人庭に送り出してくれたベトローニャ夫人に肩を押された気持ちで、ミリアは二人きりになるなり緊張にスカートを握りしめながら口を開いた。
『ロアン様、私、あなたと婚約できてすごく嬉しいです。……私、その、』
ーーー頑張ります。きっとあなたのお役に立ついい妻になってみせます。
『……ふざけたことを。何を勘違いしている』
そう続けようとしたミリアの言葉は、怒気を含んだロアンの声に遮られた。
『……ロアン様?』
ミリアはキョトンと目を丸くして少しだけ高い位置にあるロアンの顔を見上げる。
サラサラと風に揺れる薄茶の髪。琥珀色の瞳に薄くそばかすの浮いた白い肌。
見慣れたロアンの顔。
目を引くほどの美形というわけではないけれど、少したれ気味の目元は優しげで、笑うとエクボができるふっくらとした頬は大人になりきらない少年らしい可愛らしさがある。
けれど今のロアンの顔は、ミリアの知るものとは違って見えて、ミリアは困惑した。
(どうしてそんなに険しい瞳をしているの?)
いつもは穏やかで、にこやかにしているのに。
ミリアの他愛ない我が儘も笑って『仕方ないお嬢様だね』と受け入れてくれるのに。
『ロアン様?どうなさったの?』
勘違いとはどういうことだろう。
困惑しながらも、ミリアは心の奥底でもしかして、と不安を覚えていた。