花時の贈り物

***


目を閉じて、あの頃の日々を懐かしむ。胸が痛くて、堪えないと涙が出てきそうだった。


音楽室の端っこで蹲っている采花は顔が見えないので泣いているのかはわからない。


「采花、あのね」

言いかけた言葉を飲み込む。きっとひとりで考えたいからここに来たはずだ。

この場に留まるのはよくない気がして立ち上がる。振り返っても采花の顔は隠れたままで、本音を聞けそうにない。



「……先に行ってるね」

一旦教室へと戻ることにして、音楽室を出る。

瀬川くんの方は大丈夫だろうか。あまり顔に出さないけれど、瀬川くんも思うことはあるはずだ。

階段を上りながら、すれ違う生徒たちを見て寂しさが胸に広がる。今更かもしれない。

あの日々に戻れないことはわかっている。それでも卒業する前にせめてふたりには後悔が残らないように話をしてもらいたい。きっとこれは私のエゴだ。


だけど、このままでいいと放り出してしまったら、過ごしてきた大事な日々が消えて無くなっていく気がして怖かった。


教室に入るよりも先に瀬川くんの姿を廊下で見つけた。窓枠に肘をつきながら、麻野くんと話している。


「瀬川さー、このままでいいの?」
「なにが?」
「卒業前に采花とちゃんと話したほうがいいんじゃねーの?」
「……采花は俺と話したくないだろ」

違う。采花も本当は瀬川くんと話しがしたいはずだ。でもそれは簡単なものじゃないってお互いわかっている。話して終わり。それだけでは意味がない。


あの時の自分たちの本当の気持ちを。胸の中に残る後悔と苦しさを。

共有できるのはきっとふたりだけのはずだから。



「でももう会えるのもあと数日じゃん」
「わかってる。……でもそんな簡単な問題じゃないだろ」

もうすぐお別れだ。誰にも抗えない卒業という終わりの日。采花も瀬川くんも、私も、クラスのみんなも別々の道を行く。


「つーか、俺もごめん。お前たちにとってあんまり触れられたくない話だったよな」

麻野くんの言葉は私の心に暗い影を落とした。

立聞きをして、思い出して傷つくなんて勝手すぎる。私もそろそろ自分の気持ちに決着をつけなくてはいけない。






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