彼の愛した女(ひと)は?
「有難う。じゃあ、証明してもらえる? 」
そう言って、ミルはメモを差し出した。
「これ私の携帯番号。この番号に、メールしてもらえる? 九条先生には、二度と近づかないって」
柊はメモを受け取った。
ちょっと雑な感じで書かれている携帯番号の文字を見つめると、柊はなんとなく胸がチクリとなった。
「さぁ、早くしてよ」
せかされて、柊は携帯電話を取り出した。
そしてミルの番号をうってメールを送った。
ピロロッ。
ミルの携帯が鳴った。
ミルは携帯を見た。
「OK。ちゃんと届いたわ、貴女の番号で」
携帯の画面を見せて、ミルは不敵に笑った。
画面には「九条先生には二度と近づきません」と柊の番号からメールが届いていた。
「いいわね? 二度と先生に近づかないでちょうだい。もし、今後近づいたら、先生に話すわよ。貴女が先生の恋人の心臓を、無理やり奪った事! 」
え? と、柊は驚いた。
「どうして知っているか? って思った? 7年前。貴女が心臓移植を受けて、九条先生の恋人の心臓をもらった事よーく知っているわよ。本当はあの心臓は、私の母が移植してもらう予定だったんだんだから」
ズキンと、柊の胸が痛んだ。
「どうせお金でも積んだんじゃないの? 貴女のお父さん、東條コンサルティングの社長でしょう? 」
「・・・父の事まで、知っているんですか? 」
「ええ、知っているわ。お金持ちって、何でもお金積んで勝手な事ばかりしているもの。貴女の心臓って、お金で買われたもんじゃない! 」
柊は何も言い返せなかった。
自分には何も言う権利はないと思ったのだ。
「この事は先生には黙っていてあげる。今後は一切近づかないで! もし近づいたら、先生に全部話すから。いいわね! 」
プイッとして、ミルは去って行った。
柊は暫くその場に佇んでいた。
だが。
2人のやり取りを見ていた者がいた。
それは事務員の順子だった。
辛そうに胸を押さえている柊を見て、順子は可愛そうだと思った。
明らかにミルの言う事は嘘だ。
順子は柊に声をかけないまま、その場を去った。