彼の愛した女(ひと)は?

「有難う。じゃあ、証明してもらえる? 」

 そう言って、ミルはメモを差し出した。

「これ私の携帯番号。この番号に、メールしてもらえる? 九条先生には、二度と近づかないって」

 柊はメモを受け取った。

 ちょっと雑な感じで書かれている携帯番号の文字を見つめると、柊はなんとなく胸がチクリとなった。


「さぁ、早くしてよ」


 せかされて、柊は携帯電話を取り出した。

 そしてミルの番号をうってメールを送った。


 ピロロッ。

 ミルの携帯が鳴った。

 ミルは携帯を見た。

「OK。ちゃんと届いたわ、貴女の番号で」

 携帯の画面を見せて、ミルは不敵に笑った。

 画面には「九条先生には二度と近づきません」と柊の番号からメールが届いていた。


「いいわね? 二度と先生に近づかないでちょうだい。もし、今後近づいたら、先生に話すわよ。貴女が先生の恋人の心臓を、無理やり奪った事! 」

 え? と、柊は驚いた。

「どうして知っているか? って思った? 7年前。貴女が心臓移植を受けて、九条先生の恋人の心臓をもらった事よーく知っているわよ。本当はあの心臓は、私の母が移植してもらう予定だったんだんだから」


 ズキンと、柊の胸が痛んだ。


「どうせお金でも積んだんじゃないの? 貴女のお父さん、東條コンサルティングの社長でしょう? 」

「・・・父の事まで、知っているんですか? 」

「ええ、知っているわ。お金持ちって、何でもお金積んで勝手な事ばかりしているもの。貴女の心臓って、お金で買われたもんじゃない! 」

 柊は何も言い返せなかった。

 自分には何も言う権利はないと思ったのだ。


「この事は先生には黙っていてあげる。今後は一切近づかないで! もし近づいたら、先生に全部話すから。いいわね! 」


 プイッとして、ミルは去って行った。


 柊は暫くその場に佇んでいた。



 だが。

 2人のやり取りを見ていた者がいた。

 それは事務員の順子だった。

 辛そうに胸を押さえている柊を見て、順子は可愛そうだと思った。

 明らかにミルの言う事は嘘だ。


 順子は柊に声をかけないまま、その場を去った。
< 24 / 52 >

この作品をシェア

pagetop