彼の愛した女(ひと)は?
「あんたバカよね。たった今、私に殺されそうになったっていうのに。良く落ちついていられるわね。それに、あの時もバカって思ったわ。私が出した条件をすんなり飲むし、メールだってクソ真面目に送るんだもん。本当にバカよね」
ミルは鞄から携帯電話を取り出した。
「もうバカのメールを見るのも嫌だから。消してあげるわ! 」
と、メールを消去するミル。
「分かっていたわよ。母が死んだのは、アンタのせいじゃないってね。私が離婚したのも、夫が女作ったのも、みーんな私が悪いんだって本当は気づいていたわ。でもね、何かに当たらないと生きてゆけなかったの。離婚して、ここの事務所で働けるようになって。子供優先にしてもらって、お給料もそこそこ安定していて。それで、先生が手に入れば私は幸せになれるんだって思っていたけど。違ってたのね」
静流を見て、ミルはフッと笑った。
「私は自分を一番不幸にしていたのね。・・・有難う、思い出させてくれて。家族がいるっていう事を」
そう言って柊を見るミルの目は、来た時よりも優しくなっていた。
そんなミルを見ると、柊は嬉しくなった。
「アンタの方がよっぽど不幸だったのね。でもさ、もう幸せになりなよ。愛されるって、良い事だと思うよ。私も母から沢山の愛をもらたから。アンタはこれから、先生に沢山、愛してもらいなよ。それが、先生の恋人だって望んでいる事だと思うよ」
「はい、有難うございます」
「じゃあね、ごめんね。邪魔して」
バッグを拾って、ミルはリビングの入り口で立ち止まった。
「あ、そうだ」
振り向いて柊を見るミル。
「アンタ、ブラウスのボタン。もう一つ、かけといた方がいいよ」
「え? 」
驚いてキョンとする柊。