彼の愛した女(ひと)は?

 そんな柊にミルはニヤッとちょっと意地悪そうな笑みを浮かべた。

「鎖骨にね、先生がとーっても愛してくれた跡ついてたわよ」

 言われて柊は赤くなり、ブラウスのボタンをはめた。

「じゃあねっ」

 ミルは笑いながら帰って行った。



 
 それから・・・。
 
 ほっと一息ついて、静流は柊に紅茶を入れてくれた。

 とってもいい匂いがするローズヒップの香が、なんだか落ち着く。


「首、痛くないか? 」

「大丈夫です。多分、明日には判らなくなりますから」

「ごめん、怖い思いさせてしまって」

「もういいじゃないですか。あの人も、気持ちが収まって分かってくれたのですから。もう何もしてきませんよ」


「君は本当に余裕がある人だね」

「一応、医者ですから。慌ててしまうと、患者さんの命失ってしまいますからね」


 柊は紅茶を一口飲んだ。

「とってもいい香りですね、この紅茶」

「母さんが好きな紅茶なんだ」

「そうなんですね」


 嬉しそうに紅茶を飲む柊を見ながら。


 静流は奥の部屋に向かった。




 清流の仏壇がある部屋。


 清流の仏壇の引き出しから通帳を取り出す静流。

「父さん、これは俺の愛する人の為に使っていいだろう? 」

 清流の位牌に向かって静流は語りかけた。


 位牌の清流は変わらず笑っている。





 しばらくしてリビングに戻ってきた静流は、柊に通帳を差し出した。

 柊はえ? と驚いた。

「これ、父さんが俺の為に残してくれていたお金なんだ。これで、残りの奨学金を全て返済してくれ」


 見せられた通帳には1000万の預金が記載されていた。

 それを見て柊はまた驚いた。


「そ、そんな大切なお金は使えません」

「いや、是非。君に使ってほしい。ずっと、母さんの事助けてくれていた。それに、父さんのお墓だって守ってくれていたじゃないか。君が護ってくれていた父さんが残したお金だよ、君にも使っていい権利がある」

「そんな事・・・」


 静流はギュッと、柊の手を握って通帳を握らせた。
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