クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「・・・クッ!ここは・・・」

和生は路地裏にあるやや古めかしい店を見て言葉を無くした。

「こんな店では御曹司殿は満足できませんかね?」

「いえ、決してそんなことは・・・」

ガラガラッと、愛菓が入り口の扉を開ける。

「参ったぞ!」

愛菓の一言に

「ヘイ、らっしゃい!」

と、野太い男達の声が迎え撃つ。

「愛菓、てめえ、久しぶりじゃねえか」

「父上こそ、私がここに来なければ音信不通ではないですか」

ガハハと笑う、ラガーマンのようなその男性のことを愛菓は゛父上゛と呼んだ。

「愛菓さんの、お父様?」

「お父様だぁ?どの面構えを見てそんなこと言ってんだ。おめえ。親父さんでいいよ、親父でもいい」

Mr coolと名高い和生も、このテンションの高さと熱気ムンムンのスペースには圧倒されたようだ。

「しかし、愛菓さんにはお母様しかいなかったと認識しておりましたが・・・」

「ええ、母は父上と結婚してはおりませぬ。シングルマザーというやつです」

愛菓の話を纏めると、大学時代に知り合った愛菓の両親は、間もなく恋に落ちた。

大学を卒業する頃には、二人の間に結婚の話も出ていたが、愛菓の父が、就職をせずに店を開業すると言い出したため、愛菓の母親は反対して別れを決意した。

別れた後に愛菓を身籠っていることが発覚したが、愛菓の母親は実家に戻り、誰にも言わずに出産して姿をくらましたらしい。

「私は祖父母に育てられたんですよ。小学2年生の時にフラッと実家に帰ってきた母に、父上の存在を教えられて、ここに置き去りにされました。父は驚いていましたが、それからは週末は一緒に過ごすように強要・・・いや計画されて・・・。まあ、仕事を始めてからは滅多に顔を合わせなくなりましたが、この人が父親であることには変わりありません」

愛菓の言葉に、和生は、マジマジと愛菓の父親の顔を見つめた。

大きな目や、端正な顔立ちは似ているかもしれない。

しかし、がっちりとした体型で色黒な父親とモデル体型の色白な愛菓では正反対とも言えた。

「兄ちゃん、何にする?」

この店にはメニュー表というものはないらしい。

壁に貼られたお品書きを見て決めるようだ。

和生には珍しくソワソワしている。

「愛菓さんのおすすめは?」

「激辛担々麺」

和生は、ゴクリと生唾を飲むと

「では、僕もそちらで」

「承知した!」

愛菓の父親が注文を受けた。

そう、この店は、凄腕パティシエールの愛菓に見合わない、激辛ラーメンの専門店だったのだ。

< 27 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop