クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「愛菓さんは、どうしてパティシエールになろうと思ったのですか?」

事後のピロートーク。

そんなものとは過去、全く無縁だった和生は、隣に横になっている愛菓を抱き締めながら優しく尋ねた。

お酒も入っているため、そのまま眠るかと思われた愛菓だったが、意外にも和生に抱きついたままで眠る様子はなかった。

出会ってからの期間、和生はオークフィールドホテルに愛菓を引き抜くことに必死で、愛菓とゆっくりと話し込む時間を持っていなかった。

何事も、簡潔明瞭、時間を無駄にしないがモットーの和生。

恋愛だって同じで、その時間も割り当てられたスケジュールのひとこま扱いだったりした。

それすらも面倒になると、時間を割くこともなく別れていたのだから最低である。

「私は祖父母に育てられたんですが、母は年に数回、フラッとお土産を置いていくだけの綺麗な叔母さんって感じでした」

愛菓は、和生の胸に横向きにもたれ掛かるような状態で話始めた。

腕は緩く和生の背中にまわされており、伝わる体温が暖かい。

「小学2年生の時に、突然お父さんを紹介されて、店に置き去りにされました。あんな父上ですが、父親はいないと思っていた私は、やはりその存在は嬉しかったんです」

愛菓の話を遮ることなく、和生はゆっくりと彼女の頭を撫でて耳を傾けていた。

「週末に父上のお店に行ったり、一緒に旅行に連れていかれたり。いろんな意味で刺激はありましたが、やはり男臭くて・・・。

お洒落な母が嫌がるのもなんとなくわかりました。

中学にあがると、周囲はお洒落や可愛いものに興味を持ち始めました。

家は、祖父母も和菓子と着物を好むので、洋菓子や洋風の衣類を買って貰うなんて機会はほとんどなかったんです」

和生はこんな饒舌な愛菓は知らなかった。

お喋りな女は嫌いだったし、何よりも他人の話は仕事以外、耳を傾けては来なかった。

゛そんな自分が、熱心に女性の話を聞いているなんて゛

和生は、自分の変わりように苦笑しながらも、゛聞いていますよ゛と言うように、愛菓の頭を撫で続けた。

「そんなとき、父上の店で良く会うおじさんにスイーツを貰ったんです。

その人がle sucreのオーナーなんですけど、いつも週末になると、激辛担々麺を食べに来る私に興味を持ったみたいで、父上の娘だと聞いて、差し入れをしてくれたんです」

顔を上げて和生を見つめる愛菓の瞳がキラキラしていて胸がギュッとなる。

「エクレア、シュークリーム、チーズケーキにマカロン。あまりに綺麗で食べるのがもったいなかった。

でも一口食べると、口の中に甘さが広がって幸せな気持ちになる。

そして、それを、この痩せてイケメンでもないただのおじさんが作っていると聞いて、ますますスイーツやパティシエールの仕事に興味を持ちました。

それからは、父上と祖父母を説得してle sucreに通い、高校からはアルバイトもさせてもらって現在に至ります。

よそに家庭を持っている母は、別に反対もしませんでしたが和風が嫌いな人だったので

゛それはよかった。あの人(父上)に染まらなくて゛とだけ、言われました」

クスクスっと笑う愛菓の顔は、少し困ったような表情になっていた。

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