クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「ここにあるスイーツを全種類一つづつ持ち帰りで」

使った機材を丁寧に洗い上げた吉崎とルイは、゛江戸゛とプリントされたTシャツに戻ると、フロアの担当者にそう告げた。

「全種類と言いますと、15個以上になりますが?」

驚いた女性スタッフがそう返すと

「ああ、構わないよ。敵を知るにはまずは中味を攻略しないとね」

と笑って言った。

「Japonais(日本人)の好む味を知りたい。審査員は各国の代表者が選ばれるとはいえ、一般審査員はほぼJaponaisだ。これから他店を回って色々なスイーツをトライしてみるよ」

吉崎は思いの外、研究熱心らしい。

愛菓は感心しながらも、もうすでに自分の新作づくりに没頭していて、吉崎とルイの存在すら忘れているようだ。

「愛菓は、マイペース・・・なんだね」

「ええ、ああなった愛菓さんは、もう誰にも止められませんよ。マサキさんが宜しくと仰っていたと後で伝えておきます。・・・それにしても、マサキさんのスイーツもとても美味しかったです。お会いできて光栄でした」

そう告げる阿佐美の態度こそが、有名パティシエ吉崎を前にした一般人の予想できる反応なはずだ。

゛本来なら、愛菓からもこのような熱烈な歓迎を受けるはずだった゛

と、全く感動も感謝もしている様子のない愛菓を眺めながら、吉崎は苦笑していた。

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