クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
事務室のソファに横になった愛菓は、天井を見つめてため息をついた。

やはり気になっているのは今朝のルイの話。

「和生殿の許嫁・・・」

とても可愛らしいフランス人形のような女性だった。

可愛くて綺麗なものが好きな愛菓にとって、彼女は間違いなく好感度が高い。

和生と並んでも引けを取らないだろう。

彼女なら、いつも緊張を強いられている和生を癒す存在に成りうるに違いない。

何せ、あんなに可愛らしいのだから。

優吾が美佳をイタリアから連れて帰ってきたとき、かつての彼氏が結婚すると聞いても何の感慨もなかった。

むしろ、あの完璧で淡白な優吾に愛しい存在ができて良かった、とすら思った。

しかし、可愛くて純粋な美佳が、愛菓への嫉妬とコンプレックスでみるみるうちにやつれていくのは見るに忍びなかった。

だから、オーナー夫妻に恩義があるとは言え、le sucreを離れることにためらいはなかった。

だが、和生は初めて愛菓が心から好きになった人。

その和生の元で店を持ち、大好きなスイーツ作りに専念できている現実が、愛菓は信じられなかった。

祖父母に育てられ、歪な母親からの愛情の欠片と不器用な父の愛情を受けて育った。

自分と同じように無表情で、甘いものが苦手で、その上、不器用な感情表現しか出来ない人。

愛菓の作ったスイーツをおどおどと口にして゛上手い゛とためらいがちに口にするあの不器用さが好きだ。

1度決めたら一途に押してくる強引さも、決して無理強いはしない優しさも好き。

そんな彼の出世の邪魔が出来るだろうか?

和生が愛菓を引き抜いた理由の一つが、オークフィールドホテルの目玉となるテナントが欲しい、ということは間違いない事実だ。

゛君が好きなのかもしれない゛

愛菓を抱くとき、彼は躊躇いがちにそう呟いた。

そんな言葉でも、愛菓は嬉しかったが、和生はただ愛菓を抱く口実が欲しかっただけかもしれない。

それでもいい、そう思ったのは愛菓だ。

和生は愛菓に自由を与えてくれた絶対君主。

「和生殿の幸せを守る」

愛菓はガバッと体をソファから起こすと、決意を新たにした。

゛勝負には勝つ゛
゛フランスには行かない゛
゛大会が終わったら、この店を去る゛

愛菓は、決意を胸に再度、目の前の課題と向き合うことにした。

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