クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
゛フゥ゛

とため息をついた愛菓は、そこでようやく会場を見渡すことができた。

目の前には、クロカンブッシュとマカロンタワー、煌めくショコラたち。

満足のいく出来映えだと思う。

「Ça fait longtemps. Patissier Aika (お久しぶりです、パティシエールの愛菓さん)」

目の前に現れたのは、前回のオークフィールドホテル30周年で行われたスイーツ大会で、愛菓のブースに訪れた少年だった。

三つ巴のスーツを来た幼い少年は、胸元にリボンをつけている。

それは、この大会に招待された特別審査員であることを示していた。

リボンの下には

゛フランス代表、Alexandre K Leroy(アレクサンドル ケイ ルロワ)皇子゛

と書かれていた。

愛菓は、さっと身を引いて、片膝をつき、胸に右腕を添えると

「これはこれはアレクサンドル皇子。皇子様とは知らず、無礼を働き申し訳ございませんでした」

とフランス語で伝えた。

「愛菓お姉さん、僕が偉いわけではないからこの前のように普通に接して。ねえ、このクロカンブッシュとマカロン、僕も食べてもいいの?」

皇子という肩書きに溺れず、アレクサンドルはとても気さくで可愛らしい、年相応の少年に見えた。

「oui!このお皿のお菓子は全てアレクサンドル皇子も食べることができますよ」

キラキラした瞳がまぶしい。

アレクサンドルはお皿一杯にスイーツを盛り付けると、足早に審査員席に戻り、両親とおぼしき男女と嬉しそうに話をしていた。

笑顔を向けたアレクサンドルの向こうに、美しい男女の姿が目に映る。

それは、紛れもなく、和生とアリスだった。

愛菓は、和生の腕に右手を添えて、嬉しそうに耳打ちをするアリスを見て、心が痛む。

しかし、このスイーツは、愛菓が二人のために作った渾身のウエディングケーキだ。

愛菓の作ったこれらのウエディングスイーツは、審査員ではない和生とアリスの口には入らないのはわかっている。

愛菓は、恩人でもあり、初めて愛した和生の幸せを思う気持ちは偽りではない。

願わくば、二人の結婚式でもこのスイーツタワーを再現したい。

和生の視線を感じた愛菓は、そっと目をそらすと、微笑みを称えて、テーブルをめぐる審査員たちの接待を始めた。


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