クールな専務は凄腕パティシエールを陥落する
「さあ、何で会場に最後までいなかったのか、本当の理由を聞かせて欲しい」

ソファに強制的に腰かけさせられた愛菓は、隣に座る和生に真横から見つめられて恐縮していた。

「大切な人とあのスイーツを食べろと言ったのは愛菓、君だろう?」

今まで゛愛菓さん゛と呼んでいたのに、いつの間にか呼び捨てになり、敬語でもなくなっている。

それだけ怒り狂っているのかと、愛菓は少し恐ろしくなったが、やはり、表情には出ない。


「食べて頂けなかったのですか?」

「君がいないのに成り立つわけないだろう」

アリスとの幸せな瞬間を、愛菓に見届けてほしかったのだろうか。

愛菓は悲しくなって、涙をうっすらと浮かべた。

「どうした?何故泣くんだ」

オロオロとする和生はスーパーレアだが、愛菓は構ってあげる余裕はない。

「私が厳しく責め立てたからですか?それとも呼び捨てが気に入りませんでしたか?」

的外れな和生の言動に、愛菓は泣き笑いになる。

「それは・・・、嬉しかったです」

頬を染めながら笑って泣く愛菓に、和生の胸がキュンと鳴る。

「それなら、どうして・・・」

「アリスさんと、和生が仲良くケーキを食べるところなんて、見たくなかった・・・だけです」

「アリス・・・ですか?」

コクン、と頷く愛菓を和生が全く意味がわからない、という目で見つめている。

「そもそも、アリスとは、どなたのことを言っているのですか?」

「アレクサンドラ皇子のお姉さまですよ。大会の間中、和生殿の隣にいた・・・」

「ああ、あのよく喋る、フランス人形のような皇女ですね。初めて名前を知りました」

和生の言葉に、愛菓が驚きで目を見開いている。

ポロポロとこぼれ落ちた涙は、驚きで止まってしまったようだ。

「アリスは和生の婚約者だと聞きました。婚約の話は断ることはできず、私の存在が、アリス皇女の心を傷つけることになると・・・」

「誰がそんなことを?」

「マサキヨシザキの側近、ルイです」

「あの野郎・・・」

和生から漏れた野蛮な言葉に愛菓が驚いていると、

「愛菓さん、そんな事実は一切ありません。おそらく、愛菓さんをヨシザキ氏との勝負の前に、あなたを動揺させる作戦だったのでしょう」

和生の言葉に動揺しながらも、婚約が事実ではないことに愛菓はホッとしていた。

アリスが和生のことを想っていないのなら、愛菓の存在が彼女のことを傷つけることはないし、大切な゛favori crème pâtissièr゛を愛菓が去らなければならない理由はないからだ。

「で、でも、アリスさんは゛私の大切なカズ゛と何度も私に言いました」

和生は、愛菓の言葉を聞いて、クスッと笑った。

「愛菓はやきもちを妬いたのですね」

「やきもち?」

「そう、その感情がやきもちだ」
< 92 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop