君がキライなそのワケは
「君、大丈夫か?」

その声にようやく顔を上げて振り返れば、一人の男が私の顔を覗き込んでいる。

「……え」

その人はとても大きかった。
背も高くてガタイも良くて、そしてとても綺麗な顔をしている。

「あ、あの」
「あの痴漢には逃げられてしまった、すまない」
「え? あ、あのもしかして……」

この人が助けてくれたってことかな。
私は慌てて向き直った。

「あ! あの、ありがとうございました……私、あの」
「いいんだ。俺こそ取り逃してしまってすまない」
「そんなっ……本当に助かりました」

と、その時。
少し揺れた車内。

「……おっと、大丈夫か?」
「え、あ……は、い……」

片手を軽く窓についた彼の顔がすごく近くにあった。

(ち、近いっ……これ、いわゆる壁ドンってやつ!?)

「君は高校生かな?」
「は、はい」

低くて心地の良い声がすぐ近く、ほとんど耳元で聞こえる。

顔がすごく赤いのが自分でも分かる。
ドクンドクン。と自分の中から聞こえて、鼓動の音だと間抜けになった頭で考えていた。

「そうか、気をつけた方がいいぞ」
「はい」
「俺も大体この時間だ。もしまたこういう輩を見かけたら締め上げておく」

すごく生真面目にそんな事をいうものだから、思わず吹き出してしまった。

「うむ。確かに笑った顔も可愛いな」
「え?」
「ほら。降りる駅だろう。俺もだから一緒に降りようか」
「あ、はい!」

それからいつもはフラフラと人に流されるように降りて歩くホームも、彼と一緒に歩いた。

「すまない。名乗るのが遅くなったな」

駅を出た所で、彼は名刺を取り出した。

「『城崎 太郎』さん。准教授なんですか?」

なんかスポーツマンのような体格なのにどこか知的なのはそのせいか。
学部はよく分からないけど、なんか難しそう。

「ああ。だから怪しい者じゃあない。そこん所は安心してくれ」
「そんな。城崎さん、ったら」

優しく笑う顔も素敵だった。

「太郎でいい」
「え? あ、太郎、さん?」
「そうだ……君は?」

彼にだけ名乗らせて、自分は忘れてた。
少し慌てて自己紹介をする。

「えっと、木城 莉子です」
「私服だし、この近くの高校だな」
「ええ」

するとチラリと時計を見て太郎さんはまた微笑んだ。

「そうか……じゃあ莉子ちゃん、気をつけてな」
「はい。ほんと、ありがとうございました!」

一度だけ手を振ると、彼は近くの大学の方向へ歩いて行った。

(なんか……なんか……ドキドキ、した)

初めて感じた胸の違和感に、戸惑ってしばらく立ち尽くしていた。

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