俺の、となりにいろ。
誰もいない女子洗面所でホッと息をつく。
フラワーの芳香剤が少しキツイが、人がいないだけ良かった。
しかし、この階には営業部がある。
誰かに会わないうちに早く退散しようと思った。
「…ん?田島さんじゃないか?」
お手洗から一歩踏み出した時に聞こえたその声に、瞬間に全身が凍りついた。
久しく聞かなかった、今では憎いとさえ思える優しげな声。
「久しぶりだね」
その低い声にビクリと反応して「嘘だ」と思いながら、足元から顔へと姿を確認する。
ああ、やっぱり。
自分より大柄な体型の、グレーの髪を綺麗にセットした男に、私は目の前が真っ暗になるのを感じた。
「…お久しぶり、です。宇田支店長…」
震える両足に力を入れて、なるべく目は合わさないように、小さな声で挨拶をして頭を下げた。
俯くままの私に、宇田支店長は話しかけてきた。
「田島さんは、まだ総務にいるの?最近名前を聞かないから会社を辞めたかと思ったよ」
「はい…すみません」
ときかく、受け答えるだけで精一杯だ。
早く会話が終わるように、とジッと床の一点を見つめた。