エリート外科医といいなり婚前同居
内心悶絶しながらもそのまま手を洗い終え、蛇口の水を止める。
「礼央、さん……? そんなにくっつかれたら、お料理ができません」
やんわりと離れてアピールをするものの、彼がどく気配はない。それどころか、ますますぎゅっと腕に力を籠め、ぼそりとこんなことを言った。
「今日……ちょっと難しいオペがあったんだ」
彼にしては珍しい頼りなげな声音に、いつもと違う空気を感じ取る。私は前を向いて黙ったまま、静かに彼の話に耳を傾けた。
「俺が執刀したんだけど、血管に奇形がある患者さんだったんだ。そのことは事前の検査でわかっていたから注意していたつもりだったんだけど、補助に入っていた医師が不用意にそこを傷つけてしまって……大量に出血した。一時は命の危険もあった」
生々しい話に、私は息を呑んだ。
礼央さんの仕事は、他人の命を預かること……。きっと、私には想像もつかないほどの緊張感と日々戦っているのだろう。
「なんとか冷静に対処して、無事にオペは成功したけど……ちょっと思い入れのある患者さんだったから、助けられるかどうかの瀬戸際には、精神的にぎりぎりだったよ」
なるほど。だから少し弱っていたんだ……。私にこうしてくっつくのも、疲れた気持ちを癒したくて、甘えたいのかも。
……私なんかで癒されるのかどうかは、謎だけど。