雨宮社長の専属秘書は気苦労が絶えません

そこで陽和は、ぱっと顔を上げてカウンター席の隣にいた男性の方を向いた。

陽和「ごめんね、中井さん。せっかく紹介してくれた会社なのに」
中井「いやいや、それは良いんだけど。本当にその怒鳴りつけた人が社長だったの?」
陽和「うん」

間違えるはずがない、あの冷ややかな目!
陽和は面接会場で見た雨宮の顔を思い出して、ぶるりと震える。

中井「僕がいた頃のAMAMIYA FOODSは常識的な社長だったけどね。いつの間にか代が変わったんだね。確か世継ぎだと言われていた孫がアメリカに留学していたはずだけど」
マスター「中井さんは人事部長だったんですよね?」
中井「うん、そう。その時のツテでお役に立てればと思ったんだけど、残念だったね」
陽和「あーあ、24社目にしてやっと就職できると思ったのに!それもこれもあの社長のせいだ~!」
中井「はは、そんなに嫌な奴だった?」
陽和「すっごく嫌な奴!顔なんか、こ~んなんでねぇ……」

雨宮の顔を真似てみせる陽和。
その時、ひと組のカップルが店に入ってきた。

マスター「いらっしゃいませ。陽和ちゃん、そろそろ手伝ってくれる?」
陽和「はーい! 中井さん、ゆっくりしていってね!」


◯ 陽和の家 (夜)

下町風情が残る住宅街、「花里ベーカリー」という看板がある店舗兼、住宅に入っていく陽和。
ここで昔、父がパン屋を営んでいたが、現在はやっておらず、道具に布を掛けた状態で残っている。

陽和「ただいまー」

末の妹・ゆいゆい(唯和・4歳)が駆け寄ってくる)

唯和「ひーたん、おかえりー!」
ゆいゆい「ただいま、良い子にしてた?」
唯和「うん!」

満面の笑みを見せて、陽和に抱きつく唯和。
その後ろから末の弟(陸・9歳)が、悪戯な顔をして出てくる。
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