仁瀬くんは壊れてる
「祖父と兄は、意識不明の重体のちに息を引き取った。わたしは――」

 …………わたしだけ無事だった。

「花、大丈夫か」

 ズキン、と頭が痛み。
 手でおさえる。

「うん。大丈夫。事故のことを考えると痛くなることがあるだけ」
「座ろうか」

 玲二くんと、リビングのソファに並んでかける。

「お母さんは。最愛の息子を失ったショックから、壊れてしまった」
「……壊れた?」
「表向きは、優しい母親だった。同級生と比べて言葉が遅れていたわたしのために、放課後は療育施設に通わせてくれたし。その送り迎えはもちろん、土曜日にはお弁当を作って持たせてくれた。でも。家では、ヘンだった」

 母は、わたしを兄だと思いこんでいた。

「わたしのこと。小糸井花のこと、忘れてしまったの」
「……!!」
「ずっと、わたしのこと。楓(かえで)って呼んだ」
「花の兄貴の名前か」
「うん。わたしは、お母さんの前では、お兄ちゃんに成りすましていた。覚えていないのにね。お母さんは、お兄ちゃんが事故で頭を打って。それで。治療が必要なんだって思いこんでた」

 お母さんの愛する息子は、もうこの世にはいないのに。

「わたしには、先天的な脳の障害があるの。それは生まれつきで。治るって、概念がない。最初から自分の世界を持っていると考えてもらえるといいかも」

 お兄ちゃんの服を、着せられた。
 新しい服はやっぱり男モノを与えられた。

「脳の障害?」
「障害っていっても段階があってね。わたしの場合は、軽度なんだ。日常生活を他人のサポートなしで送ることができるから。覚えたことは人並みにこなせる。得意なことに関しては人並み以上に。そうなるまでには、訓練とかしてきたけど」
「そうだったのか」
「お母さんは、今は、施設にきる。年齢以上に老け込んで。薬を飲んで落ち着いてるんだって」
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