仁瀬くんは壊れてる
 母と兄と三人で過ごすことが多かったわたしは、母が家事をしている間など、たいてい兄と過ごしていた。

 母に用事ができると、母方の祖父が面倒をみてくれていたらしい。

 兄は、三才で読み書きや計算ができたほどの秀才だった。
 母の自慢の息子だったのだ。

 一方、わたしは年の割に成長が遅いと心配されるような子だった。

「覚えてないの。昔のことは」

 思い出せる一番古い記憶は、小学一年の頃のもの。

「それでもこんな風に話せるのは。母の残した日記を読んだから」
「日記?」
「兄やわたしの成長記録や。それから。夫――わたしのお父さんのことも書いてあった」
「それで、日記から当時の状況を知ることができるのか」

 玲二くんが落ち着いた口調で相づちを売ってくれるので、安心して話せていることに気づく。

「五歳の頃。信号待ちをしていた、祖父と兄とわたしの元に」

 記憶を失ったのは、

「一台の乗用車が突っ込んだ」

 その事故のショックからだろうと、医師に告げられた。
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