強すぎる彼女と優しすぎる彼
佳子の想いや考えが分かるからこそ押し切れない思いを龍仁はしまい込もうとしていた。

そんな龍仁の想いと反してその日の午後、佳子は他の部署の課長から龍仁の転勤話を聞くことになった。

「大変だな、高岡の部署も」
「どうしてですか?」
「倉本が北海道に行ったら後任の課長が来るんだろ?そう遠い話でもないだろう」
佳子は心がギュッと締め付けられた。

「高岡さん、この数字間違ってませんか?」
めずらしく単純ミスをした佳子の方を龍仁は心配そうに見ていた。
「ごめん。すぐ直す。」
佳子は後輩から書類を預かるといたたまれなくて席を立ち、会議室に入った。
今日は会議が入っていない。ここならば一人になれることが分かっている。

龍仁との将来を考えていなかったわけではない。むしろ結婚して家庭に入る自分を想像したことだって数えきれない。常にそばにいることが当たり前に感じ始めていた龍仁の存在が遠くなることへの喪失感は佳子自身が思っていた以上に大きかった。

「佳子」
その低く落ち着いた声に佳子は会議室の入り口を見た。

「どうした?具合悪いのか?」
龍仁はまだ佳子が自分の転勤話を知ってしまったことを知らない。
心配そうに自分の顔を覗き込む龍仁に佳子は余計に胸が痛んだ。

「なんでもない」
「何でもないって顔してないだろ?」
「なんでもないってば」
佳子は少し声を荒げてから会議室を出た。

不安が大きかったり、体調が悪かったり、悩みごとがあるとき、佳子はがつがつといつも以上にストイックに仕事をする。
龍仁はそんな佳子のことを知っているだけに自分の席に戻りがつがつと仕事を始める佳子が心配で仕方なかった。
< 7 / 198 >

この作品をシェア

pagetop