偽婚
しかし、私の気合いに反し、今日は店に客の入りは少ない。
だから久しぶりに訪れてくれた指名客と長く話し込んでいた時、ボーイに呼ばれた。
「アンナさん、ご指名です。ご新規のお客様がおひとりなんですが」
新規の客が、ひとりで、いきなり指名?
首をかしげながらも席を立ち、卓に向かう。
何だかんだと思うところはあったけれど、でもこういう日にポイントを稼げるのはありがたいから。
「ご指名ありがとうございます。アンナです」
卓の前で、下げた頭を上げて、相手の顔を確認したのだが。
「あー!」
大きな声を出してしまったあとで、慌てて口元を押さえる私。
フロア中の目がこちらに向いているのがわかり、恥ずかしくなって、身を縮めるように、隣に座る。
「この前の………」
「よぉ、元気になったみたいだな」
そこにいたのは、あの日、私を助けてくれた男だった。
「きてくれたんだね。ありがとう。今日は私が奢るから、何でも好きなもの頼んでよ」
「金貯めてんじゃないのかよ」
「いいの、いいの。一応、恩人だし? あれから気になってて、ちゃんとお礼したいと思ってたから」