偽婚
突如、目の前を車が横切った。

赤信号で止まることのなかったそれは、ハンドルを切って歩道に入ってくる。


運転手の驚いた顔がスローモーションのようにはっきりと見えた次の瞬間、車体はビルの壁に突っ込んだ。


ガシャーン、という音がして、そちらを向こうとしたら、いきなり景色が横になる。

左半身を強く打ち付けた痛みと同時に、衝撃で吹っ飛ばされたのだと知った。



「きゃー!」


後ろで女性のけたたましい悲鳴が響く。


自分が吹っ飛ばされたのだとわかった理由は、私の目の前にも倒れている人がいたから。

その人の足は、通常ではありえない方に曲がっていた。




痛い。

うるさい。

何これ。

梨乃からもらったばっかの、おろしたての服なのに。

耳鳴り?

服が汚れたら最悪なんだけど。

いや、それより何かすごい痛いよ。




「杏奈!」


急に視界を覆ったのは、神藤さんの顔だった。

でもあまり表情がよくわからない。


とにかく痛くて、息もできなかった。



「杏奈! おい、大丈夫か!? 俺のことわかるか!?」
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