偽婚
誕生日だし、キスされたし、だったら謝罪ついでにめちゃくちゃ高いものを奢らせようと思っていた。

でもきっと今の私は、服が汚れ、とても食事には行けないだろう。


それより目の前で倒れている人は大丈夫なのか。



取り留めもなく、どうでもいいことばかり頭に浮かんでは消えるのに、なのにひとつもそれを言葉にできない。



「きゅ、救急車! 誰か救急車を!」


後ろの女性は、相変わらず悲鳴にも似た声で叫んでいる。



「杏奈!」


神藤さんが私を揺する。


体が、石のように重い。

指先ひとつ動かせなくて、そしたら何だか急に、怖くなった。



「神藤さ……」


渾身の力で声を出したのに、なのに最後まで言えることなく、私の意識はそこで途絶えた。

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