偽婚
「杏奈!」
声に、引き戻されるように意識を手繰り寄せると、視界一面を覆い尽くしているのは、やっぱり神藤さんの顔だった。
でも背景は、先ほどとは別のものになっている。
真っ白い天井と、無機質な機械音。
「先生! 鑓水さん、意識を取り戻しました! ちょっとどいてください!」
すぐに白衣の男女が、神藤さんを押し退ける。
伝えたいことがあったのに。
白衣の男女は私の体をべたべたと触りながら、何だかよくわからない検査を色々とする。
「自分の名前は言えますか? 生年月日は? どうしてここにいるか、覚えていますか?」
「……はい」
どうにかそれだけ絞り出せた声は、かすれていた。
痛みは少しだけマシになっていたが、しかし体中が重いのに変わりはない。
「ここは……」
「集中治療室です。もう大丈夫ですよ。このままで状態が落ち着いたら、一般病棟に移れますからね」
そう言い残し、白衣の男女は今度は隣のベッドの患者を診る。
状況から察するに、私は緊急を要する症状ではないということだろうけど。