偽婚
翌朝、私は一般病棟に移された。
私はあの時、事故の衝撃で吹っ飛ばされ、頭を強く打ち付けたらしい。
脳震盪と、それから左のこめかみの上が切れていたので、5針縫ったそうだ。
それと、夜だったから、薄手の上着を羽織っていたのが幸いしたようで、擦過傷は少なかった。
奇跡的に骨折もしていなかったが、しかしどこもかしこも打撲の痕がある。
私はすぐに病院に運ばれ、目を覚ますまでの間に4時間が経っていたのだとか。
その間、神藤さんは気が気じゃなかったらしい。
「お前が生きててくれるなら、もう何でもいいと思った。だけど、いつまで経っても目を覚まさないお前を見てて、また怖くなった。もう二度と意識を取り戻さなかったらどうしようって」
お兄さんは即死だった。
事故に遭ったまま、もう二度と目を覚まさなかった。
「兄ちゃんみたいになったらどうしようって、そればかり思ってた」
神藤さんは、そこで初めて、お兄さんのことを、『兄』ではなく『兄ちゃん』と呼んだ。
私はこの時になってやっと、神藤さんの本当の素顔を見られた気がした。
「じゃあ、もしかしたら、お兄さんが助けてくれたのかもしれないね」
「そうだといいけどな」
朝日がまぶしい。
だけど、今はそれさえ、ひどく幸福なことに思える。
光が、暗く悲しかった世界を、照らし始めた。