偽婚
「ちょっと、梨乃も高峰さんも、そういう話はせめて私のいないところでやってよ」


さすがに口を挟んだ私に、梨乃は悪びれることもなくぺろっと舌を出して見せ、高峰さんは「ははっ」と笑って誤魔化す。



「いやぁ、ごめんな。ずっと杏奈ちゃんのこと口説いてたのに」

「私はそんなことで怒ってるんじゃなくて」

「でも、美人の友達も美人ってジンクス、当たってるよな。もっと前に紹介してくれりゃよかったのに」


相変わらずの、軟派な感じ。

だけど、一気に笑いが起きて、病室の空気が明るくなった。



「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。長居するべきじゃないし」

「私もー。実は杏奈からのメッセージ見て飛び出してきたから、お昼まだなんだよね。安心したらお腹空いちゃったし」


ほんとに、まったく、喜んでいいのかもわからないけれど。



「また明日、改めてお見舞いにくるからさ。お大事にー」

「はいはい、ありがと」


手を振って、ふたりと別れる。



事故は、不運なことだった。

だけど、そのおかげで、気付いたこともある。


どうして生まれてきたのかなんて問題じゃなくて、生まれてきたからにはどう生きるかが大切なんじゃないか、と。


私のために泣いてくれる人がひとりでもいるなら、もう二度と、死にたいなんて思わない。

これからは胸を張って生きて行くと、私は決めた。

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