偽婚
本心
一週間の入院を経て、私は退院した。
退院時の付き添いは、たまたま仕事が休みだった梨乃が買って出てくれた。
「しかし、検査でも異常なくてよかったね」
「予定より早く、抜糸もできたしね。驚異の回復力だって自分でも思うよ。ほんと、キャバ辞めて規則正しい生活しててよかった」
着替えを終えて、荷物を持って病室を出る。
まだ体の痣が完全に消えたわけではないが、でもやっと自由の身になれることが嬉しかった。
挨拶した看護師の、「彼との結婚式には呼んでね」なんて冗談には、苦笑いしか返せなかったけれど。
「退院したことだし、まず何したい?」
タクシーの車内で梨乃は聞いてくる。
「んー。とりあえず、おいしいもの食べたいなぁ。病院食にはうんざりだったし」
「じゃあ、神藤さんと行けばいいじゃん」
神藤さんと。
途端に、どうしたものかと思ってしまう。
神藤さんは、忙しい合間を縫って、毎日、必ず見舞いにきてくれたが、でも何だかんだであの日のキスの話題はうやむやになったまま。
退院したということは、またふたりきりの生活が戻ってくるということだ。