偽婚


嬉しいような、嬉しくないような気持ちを抱えたまま、タクシーはマンションの下に到着した。

外観からして立派なマンションを見上げ、梨乃は「羨ましい」とこぼしていた。


鍵を開け、一週間ぶりに部屋に入る。



「うっわ、広っ!」


梨乃の開口一番はそれだったのだけど。



「でも、何か……」


すぐに微妙な顔をして、梨乃は私に目をやった。

私も、何とも言えない顔をしていたと思う。



「忘れてた。神藤さんって掃除とかしない人だった」


食べたら食べっぱなし。

脱いだら脱ぎっぱなし。


たかが一週間で、部屋はすっかり荒れ果てていた。



「こりゃあ、おいしいもの食べる前に、片付けだねぇ」


梨乃の言葉に、力なくうなづく私。


冷蔵庫の中に、あの日のエクレアとチョコケーキがそのまま残されているのを見つけた時には、もう怒る気にもなれなかったけれど。

せっかく、退院したのに、一気に現実に襲われた気分だった。

< 149 / 219 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop