偽婚
嬉しいような、嬉しくないような気持ちを抱えたまま、タクシーはマンションの下に到着した。
外観からして立派なマンションを見上げ、梨乃は「羨ましい」とこぼしていた。
鍵を開け、一週間ぶりに部屋に入る。
「うっわ、広っ!」
梨乃の開口一番はそれだったのだけど。
「でも、何か……」
すぐに微妙な顔をして、梨乃は私に目をやった。
私も、何とも言えない顔をしていたと思う。
「忘れてた。神藤さんって掃除とかしない人だった」
食べたら食べっぱなし。
脱いだら脱ぎっぱなし。
たかが一週間で、部屋はすっかり荒れ果てていた。
「こりゃあ、おいしいもの食べる前に、片付けだねぇ」
梨乃の言葉に、力なくうなづく私。
冷蔵庫の中に、あの日のエクレアとチョコケーキがそのまま残されているのを見つけた時には、もう怒る気にもなれなかったけれど。
せっかく、退院したのに、一気に現実に襲われた気分だった。