偽婚


帰宅して、晩ご飯の準備を進めていたら、「ただいま」という声と共に、玄関の開く音がした。

出迎えに行ったら、



「杏奈!」


と、唐突に呼ばれ、両肩を掴まれる。

神藤さんの目は輝いていた。



「喜べ! お前の言ってたチョコカフェ、オープンすることが決まったぞ!」

「え? マジで?」


私は、今の今まで、そんな会話をしたことすら忘れていたのに。



「ずっと企画書を作ってたんだ。それで、有名ショコラティエに話を持って行ったら好感触で、今日やっと、会議で正式に決まった」


神藤さんは、そう言って、私に資料を見せてくれた。

社外秘と書かれているのにいいのかという突っ込みはしないでおく。


海外のコンクールで賞を取ったこともあるショコラティエの監修による、初店舗。



「今回は全権を俺が持つことになった。父の力なしにどこまでやれるか試せるチャンスでもあるんだ」

「すごいじゃん」

「これから、出店場所の確保と、メニューの考案と、他にも何だかんだで忙しくなる。でも絶対にいい店にするから、楽しみに待っとけ」


こんなに嬉しそうにしている神藤さんを見るのは、初めてだった。

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