偽婚
ひとしきり笑った高峰さんは、「なら、もういいの?」と聞いてきた。



「元カレのこと」

「……元カレ?」


言われて初めて、その存在を思い出した。

かつて、私の貯金を奪って、いなくなってしまった人。


私は高峰さんに頼み、被害届を出していた。



「実は、杏奈ちゃんの元カレ、見つかったんだよ」

「え?」


思ってもいなかった言葉に驚く私。

高峰さんは、ビジネスバッグから、今度は別の書類を取り出した。



「杏奈ちゃんの元カレは、被害届を出されてるなんて知らなかったみたいだ。それで、まんまと免許の更新のために警察署に現れたところで、逮捕された」

「逮捕……」

「本人は借りただけだとか誤解だとか言ってるみたいだけどな。今はまだ、拘留して事情聴取している段階だ」


いきなりのことすぎて、思考が追い付かない。

元カレの顔は、もう上手く思い出せなくなっていた。


戸惑う私に、高峰さんは問うてくる。



「どうする?」

「何が?」

「これからのことだよ」


これからのこと。

私に、何を、どうしろと言うのだろう。
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