偽婚
選択
夏がきた。
神藤さんはチョコカフェのオープンに向けて奔走していて、今まで以上に忙しそうにしていたが、でも私はもう、寂しいとは思わなかった。
神藤さんは、どんなに疲れて帰ってきても、私との時間を大切にしてくれていたから。
「ただいま。ほら、土産だ」
帰宅して早々に、神藤さんは私に箱を手渡した。
「何?」
「試作品のチョコ」
「わぁ、嬉しい!」
「でもそれ全部、ボツなんだと。ショコラティエ様はこだわりが強くて、苦労するよ」
神藤さんは、やれやれという顔をする。
私は箱の中から、チョコの一粒をつまんでみた。
「何これ、すっごいおいしい! ほのかにオレンジの香りがするよ!」
「だろ? 俺はそれでいいと思ったんだけど、何がダメなんだかなぁ」
「ってことは、お店に並ぶのは、これよりずっとおいしいチョコってことだよね? ますます楽しみじゃん」
私の言葉に、がっくりと肩を落とす、神藤さん。
「お前は、ほんとポジティブだよな。少しは俺の気苦労をねぎらえっつーの」
「でも、おいしい方がいいじゃん。お客さんだって喜ぶよ。そしたら神藤さんも嬉しいでしょ? その時は、気苦労なんて、きっと簡単に吹っ飛んじゃうはずだよ」
「そういうこと言ってるんじゃないんだけどな、俺は」