偽婚
私の言葉に、お母様は、涙ぐむ。



「やあねぇ。年かしら。最近、涙もろくていけないわ」


涙を拭って立ち上がったお母様は、紅茶を準備するためにキッチンに向かった。

老いてもなお、少女のような人。



「この前もね、ベビーカーに乗った赤ちゃんと目が合って、こっちを見てにこにこしてるのよ。そしたら何だか、泣けてきちゃって。不審なおばあちゃんよねぇ、私」

「おばあちゃんってほどのお年じゃ」

「60歳は、立派なおばあちゃんよ。お友達にもこの前、初孫が生まれて」


そこまで言ったお母様は、はっとした顔で手を止めた。



「あらやだ、違うのよ。孫プレッシャーとかじゃないの。ごめんなさいね」

「いえ、そんな」


孫って言われてもねぇ、と、思ったあとだった。


あれ?

私、前の生理、いつだっけ。



「杏奈さん。ミルクティーとレモンティー、どちらがお好き? カモミールもあるんだけど」

「あ、じゃあ、レモンティーを」


慌てて思考を振り払う。

今はそんなことより、お母様との会話に集中していなきゃ、ボロが出る。


私は笑顔を作り直した。

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