偽婚
翌日、一縷の望みを託して向かった産婦人科で、妊娠6週だと告げられた。
お腹の中に赤ちゃんがいるという事実を突き付けられてもなお、私にはこれが現実だとは思えなかった。
神藤さんには言えなかった。
そもそも、私と神藤さんは、ただの偽装結婚だ。
神藤さんは、ゆくゆくは名家のお嬢様と結婚するべきで、所詮は私とは、身分違いの恋なのだ。
なのに、今が楽しければいいのだと、夢のような時間を過ごしているうちに、子供ができてしまった。
産む?
堕ろす?
豆粒みたいにまだ形のはっきりしないエコー写真を見て、私は涙ぐんだ。
子供なんかほしいと思ったことはない。
あの母の娘である私が、まともに子育てできるわけもないから。
なのに、どうしても、堕ろそうという決意ができない。
神藤さんの、亡くなったお兄さんを想う。
私が事故で助かった奇跡を想う。
まだこの世に生まれていない命でも、殺していいわけじゃない。
神藤さんに伝えたら、きっと責任を取ると言うだろう。
そういう人だからこそ、好きになった。
でも、神藤さんは、私なんかとは結婚しちゃいけない人なのだ。
神藤さんの輝かしい未来を、台無しにはできない。
私はそれを、壊したくはない。
だったらひとりで産んで育てるの?
あの母と同じように?
どれだけ考えたって、答えは出なかった。