偽婚
「でも、今は高峰さんは関係ないじゃん。何で呼ぶのよ」

「知恵は多い方がいいでしょ。産むにしても、堕ろすにしても」

「私は堕ろすなんて一言も」


言ってない、と、言うより先に、玄関先でチャイムが鳴った。

梨乃がドアを開けると、息を切らした高峰さんが入ってきた。



「何があったんだ!? 杏奈ちゃん、何で泣いてんの!?」

「実は……」


梨乃は先ほど私が説明した通りのことを、高峰さんに話して聞かせた。

高峰さんは渋い顔をしたまま、ずっと黙って話を聞いていた。


もしかしたら、高峰さんなら私の決断を認めてくれるかもと思ったのだけれど。



「堕ろすべきだ」


高峰さんは、低い声で、でもはっきりと言った。

梨乃も顔を曇らせる。


私はどうしようもなく悔しくなった。



「どうしてよ! 何が悪いの!? 世の中、シングルマザーなんてたくさんいるじゃん! 私は子供を殺したくないの!」

「感情的になるなよ」


高峰さんは、声を荒らげる私をたしめなる。

そして、言った。



「これからの生活はどうするつもりだ? いくら貯金があるのかは知らないけど、金は使えばなくなるんだ。仕事するのか? でも妊娠してるやつなんて誰も雇ってくれないよ。それを隠して働くのか? だったら万が一のことがあったらどうする?」

「………」

「それに、もし子供が病気を持って生まれてきたりしたら? 仕事なんかしてる場合じゃなくなるよ」
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