偽婚
梨乃は涙を拭った。



「高峰さんが言いたいこと、わかるよね? 自分と同じような子が増えることを恐れているんだよ」

「………」

「そりゃあ、私だって、両親と仲悪くて家出たよ? 父親と母親が揃ってたって幸せだとは限らない。それでも、最初からひとりで育てようなんて、やっぱりどう考えても無謀だよ」


子供をひとりで育てることは私のエゴなのだと、高峰さんは言い切った。

確かにそれはそうなのだろう。


けど、でも、だからって、命は命じゃないか。



「ねぇ、杏奈。もう一度よく考えてよ」


梨乃が涙ながらに言った時だった。

ガチャリと再びドアが開き、高峰さんが戻ってきた。



「その様子じゃあ、話は決裂したままみたいだな」


幾分、冷静になったらしい高峰さんは、わざとらしく肩をすくめて見せる。

私と梨乃は、気まずさに顔を見合わせながら、涙を拭った。



「しかし、子供ができるって、どんなもんなんだ? 男の俺にはさっぱりだよ」

「私だって、正直まだ、実感ないよ。でも、この子を守ってあげられるのは、この世界に私だけだっていう、責任みたいなのは感じる」

「母性ってやつか。女は子供ができた瞬間から母親になるっていうもんな」
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