偽婚
「ふたりで泊まっていきなさい」という申し出を断り、晩ご飯だけご馳走になって、私たちは帰路につく。
夜風は、少し冷たくなっていた。
「ありがとね、杏奈」
不意に梨乃は口を開いた。
「もう二度と家には帰らないって思ってたけど、帰れてよかった。お母さんのことも、ユキちゃんのことも、恨んだままでいるの、ほんとはちょっと、辛かったから」
「うん」
「何かさ、杏奈のこと助けたいって思ってたけど、助けられたのは私の方みたい。だから、ありがとね」
幼馴染の、大親友。
無邪気な笑顔を、ひどく可愛いと思った。
「お互い様だよ、そんなの。私たち、昔からずっと、そうやって助け合ってきたじゃない」
「杏奈の好きな男子に、私が代わりにラブレター渡したりとかね」
「えー? よくそんな古い話、覚えてたね」
「まぁね。今日、家に帰ったおかげで、色んなこと思い出したよ」
「まさかこんなに友情が続くなんて、あの頃は思ってもみなかったけどね」
梨乃と出会ててよかった。
それだけは、胸を張って言えることだ。