偽婚
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翌日から、私は梨乃の実家で働き始めた。
お弁当屋は、朝早くから仕込みをし、箱に詰めて、仕出しで配達する分と、店頭に並べる分を作る。
私の仕事は、兄嫁のユキさんと一緒に、店頭での売り子だった。
最初はわからないことも多かったが、梨乃の両親を始め、お兄さんもユキさんも、パートさんたちも、みんなが優しくしてくれた。
「杏奈ちゃんがきてから、サラリーマンさんが増えたねぇ。やっぱり美人がいると違うのかねぇ」
「ちょっと、それじゃあ私がブスみたいじゃないですかぁ、お義母さん」
「ユキちゃんは元ヤンだから、お客さんが怖がるんだよ」
「えー? もう更生したのにぃ」
笑いが起きる。
梨乃の母とユキさんは、何だか本物の親子みたいだった。
「仲いいですね」
「うん。実は私、施設育ちで親いないんだよね。だから結婚する時、お義母さんのこと、本当の母親のように思おうって決めたの」
その言葉で、ふと、神藤さんのお母様を思い出してしまう。
最後に会った時、旅行の約束したんだっけ。
思い出す度に、胸が痛くなってしまう。
「唐揚げ弁当ひとつ」
お客の声に、はっと我に返った。
何から何まで嘘だった私に、悲しむ資格などないのだから。