偽婚
梨乃の実家で働き始めてから1週間ほど経ったある日、高峰さんから連絡をもらった。
「仕事、どう? 慣れた?」
「うん。ちょっとつわりも始まったみたいで気持ち悪い時あるけど、働いてる方が気が紛れていいし」
「そっか。まぁ、順調そうで何よりだよ」
高峰さんは、そう言って、テーブルに書類を置いた。
何なのかと、それを覗き込む私。
「杏奈ちゃんに知らせたいことがあって」
「何?」
「アパートの件、正式に裁判することが決まったんだ。原告は、杏奈ちゃんを含めて、元住人4人。で、これがその内容なんだけど」
「ほぇー」
やっぱり書いてあることがよくわからず、間抜けな声しか上げられない私。
と、いうか、アパートの耐震偽装で引っ越したことなんて、何だか遠い昔のことみたいで、正直、高峰さんに言われるまで忘れていたのだが。
「全面的にお任せします」
「言うと思った」
高峰さんは笑った。
「まぁ、進捗状況はちくいち報告するから、心配しなくていいよ。どこまで損害が認められるかはわからないけど」
「じゃあ、高峰さんの腕の見せどころだね」
「他人事みたいに言わないでくれよ」
ふたりで笑う。
高峰さんは、また別の書類をテーブルに置いた。