偽婚
あれから私は、少ない荷物をまとめ、1ヵ月以上ぶりに、神藤さんのマンションに帰った。
が、予想通りというべきか、部屋は荒れ果てていた。
「信じらんない! 何でこんな部屋で暮らせんの!? 前みたいにハウスキーパー呼びなよ!」
「バカ言うな。結婚してることになってるのに、そんなもん頼んでんのがまわりにばれたら、あることないこと噂されるだろ」
「え? 離婚したって、誰にも言ってないの?」
「忘れたのかよ。チョコカフェのオープンが迫ってんだよ。どこに言い出すタイミングがあるんだよ」
そういえば、すっかり忘れていた。
けれど、こんなやり取りすら、懐かしくて嬉しかった。
「あーあ、掃除もしなきゃ。つわりひどいのに、仕事が増えちゃったなぁ。これなら梨乃の家でゆっくりしてた方がよかったかも」
「ふざけんな」
神藤さんは言い捨てる。
「お前は、事故に遭った時、俺に『絶対に消えたりしない』とか言ってたくせに、いなくなったんだ」
「………」
「だからもう、今度こそ本当に、何があっても俺の傍にいるって約束しろ」
そう言って、神藤さんは、私の左手の薬指に、指輪をはめた。
出て行く時に私が置いて行った、結婚指輪。