偽婚
「捨ててなかったの?」


驚いて顔を上げる。

神藤さんは、ため息を吐いた。



「そんなに簡単に捨てられるなら、今日だって我を忘れてお前のこと迎えに行ったりしないだろ」


我を忘れて。

そんな神藤さんの姿は、ちょっと想像できなかった。



「ねぇ、ほんとに籍入れるだけでも予定外なのに、その上、子供までできちゃってて、いいの?」

「別にいいよ。まぁ、確かに、子供はもっと先でもいいかなと思ってたけど、いつかは本気でお前にプロポーズするつもりだったしな。それがちょっと早まっただけだ」

「えっ」


何でもないことのように言った神藤さんは、私の左手に収まる指輪を見て、「痩せた所為でちょっと緩んでるな」と言った。



「ほんとに結婚するんだし、仕切り直しってことで、新しい指輪買うか」


新しい指輪。

だけど、私は首を振る。



「ううん。これでいい。っていうか、これがいいの」

「でも安もんだぞ」

「今までの思い出が詰まってるから、新しくする必要なんてないよ」


私の言葉に、神藤さんは笑いながら、「そうか」とだけ。
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