偽婚
私の指に帰ってきた指輪を見る。

傷が付いてて、買った時より少しだけくすんでいるけれど、でもそれは、神藤さんとふたりで過ごしてきた、年輪だ。


神藤さんは、そんな私はそっちのけで、チェストからファイルを取り出した。



「これ、覚えてるか?」

「あぁ、契約書だ」


最初に私がこの家にきて、偽装結婚を承諾した時のファイル。


私たちの出会いからの、趣味や特技、嘘だらけのことが記されたそれ。

最後の方には取り決めた約束事が書いてあり、そして私たちのサインがある。



「当然だけど、これは破棄する」

「うん」

「で、新たにファイルを作ることにする」

「えっ」


今度はほんとに結婚するのに?

もうそんなの必要ないんじゃないの?



「何書くの?」


恐る恐る聞くと、神藤さんはにやりと笑った。



「これからは、どんなことでもお互いに相談すること。それで、ちゃんとふたりで乗り越えていくこと。それと、絶対に離婚しないこと」

「えー? それっていちいち書類にして残さなきゃいけないようなことかな」

「お前はバカだから、すぐ忘れるだろ。それでまた今回みたいなことになった困る」

「ならないよ」

「根拠がない」


言い切った神藤さんは、「さっそく、作ってくる」と、自室に向かう。

何だかなぁ、と、思いながらも、私は笑った。


私たちの偽装結婚は終わったけれど、でもまた新しい契約書を書かされるとは思わなかった。

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