偽婚
「私たちの演技力も、最初に比べたら格段に上がったよね。神藤さん、もういっそ、俳優目指しちゃえば?」

「バカ言うな。俺は今の仕事が天職だと思ってんだよ」


12月の頭には、念願のチョコカフェがオープンする。

神藤さんが初めて総合責任者を任された、大切なお店だ。


吹く風に髪をかき上げながら、神藤さんは私を見た。



「それより、ほんとに結婚式、しなくてよかったのか?」

「うん。私は親いないし、友達も少ないし? それにウエディングドレス着たいって夢もなかったもん。それよりこれからのために、お金貯めてた方がいいよ」

「『これからのために』ねぇ」


そう言った神藤さんは、ふと思いついたように、「じゃあ、引っ越すか」と言った。



「今の家は、駅に近くて便利だけど、交通量も多いから、子供を育てるには不便だろ。もっと郊外の、静かな環境の方がよくないか?」

「えー?」

「もういっそ、マンション買うか。いや、でも、うちの実家みたいに、一軒家の方が庭があっていいかな」


勝手に想像を膨らませ、話を進める神藤さん。

引っ越しって、とんでもなくめんどくさいんだけどな。



「どう思う?」

「んー。私はどっちでもいいけど。でも引っ越すなら、梨乃たちと近所がいいな」

「は?」

「梨乃たちも引っ越し先探してるって言ってたしさ。近くだったらお互いに子育て協力し合えるでしょ? それで、子供たちも、私たちみたいに幼馴染として育って」

「俺はそんなの嫌だよ。何で高峰なんかの近くで暮らさなきゃならないんだ」
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